生成AIが業務に入ってきて数年が経ち、「まず全社員にリテラシー研修を」というフェーズは一巡しました。そして多くの会社が同じ壁に当たっています。研修は受けた。ツールも配った。それでも、月末の作業時間は去年と変わらない——という壁です。
私たちは採用から定着・育成・評価までを一つの仕組みで回す立場で、複数社の育成設計に関わってきました。そこで繰り返し見えてきたのは、効かない研修には共通の型があるということです。それは「AIの使い方を教えている」研修です。効く研修は逆で、「その職種の、その業務を、AIでどう組み替えるか」を教えています。
01「AI研修をやったのに変わらない」の正体
汎用のAI研修が現場を動かさない理由は、精神論ではなく構造にあります。研修が終わった直後、受講者の頭の中はこうなっています。「なるほど、AIは文章を書ける」「要約もできる」——ここまでは分かる。しかし次の瞬間、「で、自分の明日の仕事のどこで使うのか」が空欄のままです。
この空欄を埋める作業は、本来は研修の中でやるべきものです。ところが全社共通の研修では埋められません。経理の月次と、営業の提案書づくりと、人事の面接調整では、AIを差し込む場所がまったく違うからです。共通研修でできるのは「AIとは何か」の説明までで、そこから先は受講者個人の応用力に丸投げされます。応用できる人は元から応用できる人であり、研修の成果ではありません。
結果として起きるのが、「一部の詳しい人だけがAIを使い、他の人は元の手順に戻る」という分断です。全社の作業時間は減りません。研修は実施したのに、指標は動かない。多くの会社がここで「AIは思ったほどでもなかった」と結論づけてしまいますが、動かなかったのはAIではなく、設計です。
02職種で分けると、何が変わるのか
職種別に分けるというのは、単に受講者をグループ分けすることではありません。教材の題材そのものを、その職種が毎月実際にやっている作業に変えるということです。同じ「AIで文章をつくる」でも、題材が変われば学ぶ内容は別物になります。
| 職種 | 題材になる実務 | 学ぶことの中身 |
|---|---|---|
| 総務 | 社内規程・社内問い合わせ対応・各種申請の受付 | 繰り返し来る質問を、出典付きで自動回答させる形に整える。属人的な「あの人しか知らない」を解消する |
| 人事 | 求人票・面接調整・入社後フォロー | 候補者ごとに書き分ける文面の作り方、日程調整の自動化、入社後の質問対応の仕組み化 |
| 経理 | 経費精算・請求書処理・月次の照合 | 紙とデータの突き合わせをどこまで機械に渡せるか。人が最後に確認すべき箇所の見極め |
| 営業 | 提案書・議事録・顧客への返信 | 顧客ごとの提案の構成づくり、商談内容の整理、次アクションの取りこぼし防止 |
この表を眺めると分かるとおり、横に並べても共通項はほとんどありません。共通するのは「AIを使う」という一点だけで、その一点だけを教えるのが汎用研修です。逆に言えば、職種で切った瞬間に、教えるべき中身が具体的に立ち上がります。
03制度の側も、同じ方向に動いている
興味深いことに、この「職種別でなければ意味がない」という考え方は、私たちの主張だけではありません。公的な助成制度の側も、同じ方向へ舵を切っています。
人材開発支援助成金の事業展開等リスキリング支援コースでは、2026年8月3日以降に提出する計画から、対象となる訓練の考え方が明確化されました。厚生労働省が公表している改正内容の説明資料には、対象となる例・ならない例が具体的に挙げられています。逐語で引くと、「生成AIを利用するために汎用的なプロンプトの作り方を学ぶ訓練」や「DXの概念、デジタル技術の概要、データ活用の考え方を学ぶ訓練」は対象外とされ、一方で「生成AIを活用して商品提案書の構成案作成、文章生成、修正方法を学ぶ営業担当者向けの訓練」は対象と示されています。
同じ内容の訓練でも、受講対象者が訓練内容と結びついていない場合は対象外という判定軸も示されています。つまり制度は、「誰に・どの業務のために教えるのか」が定まっていない研修を、公的支援の対象から外す方向に整理しているということです。
これは、私たちが現場で見てきた「汎用研修は効かない」という感触と、まったく同じ結論です。効果の面でも、制度の面でも、職種別に組むことが標準になりつつあると考えてよいと思います。
※ 助成金の要件は年度・改正によって変わり、対象可否は個別の計画内容によって判断されます。本記事では金額や具体的なスキームには触れていません。活用をご検討の場合は、最新の要件にもとづく個別のご相談として承ります。
教えて終わりにせず、実装まで持っていく
職種別に組んでも、座学で終われば結局は元の手順に戻ります。私たちは研修の中で、その職種の実務を題材に手を動かし、業務の組み替え方を持ち帰ってもらう設計にしています。教える側が自動化の実装をしている会社であること自体が、この設計を可能にしています。
業務自動化の実装を日常的に手がけている立場から、「どこまで機械に渡せて、どこから人が要るか」を実物で示します。
大企業RPO・組織人事の実地知見から、育成を人事制度・評価とつなげて設計します。研修単発で終わらせません。
04職種別に組むときの分け方
では実際にどう分けるか。人数の少ない会社ほど「職種で分けるほど人がいない」という問題に当たります。そこで私たちが使っているのは、肩書きではなく“毎月繰り返している作業”で分けるという考え方です。
- 1. 月に何度も繰り返す作業を洗い出す— 週次・月次で必ず発生する作業だけを対象にします。年に1回の作業は投資対効果が出ません。
- 2. その作業を「誰がやっているか」でまとめる— 総務部だから総務、ではなく、実際にその作業をしている人でまとめます。兼務が多い会社ほどこの分け方が効きます。
- 3. 1グループ=1つの作業から始める— 最初から全業務を対象にしない。1つの作業がAIで組み替わる体験を通すほうが、次に自走します。
- 4. 成果の測り方を先に決める— 「その作業にかかっていた時間」を研修前に測っておきます。測っていないと、効果を後から証明できません。
この4つを踏むと、たとえ社員数が20名の会社でも、3〜4グループには自然に分かれます。グループの数が少ないこと自体は問題ではありません。問題は、分けずに全員へ同じ内容を流すことです。
05研修を成果に変える3つの条件
職種別に組んだうえで、成果が出るかどうかを分けるのは次の3点です。ここが欠けていると、内容がどれだけ良くても指標は動きません。
- 研修中に、自分の実務を題材に手を動かしている— 見ているだけの時間が長いほど、持ち帰り率は下がります。
- 終わったあと、続ける仕組みが用意されている— 質問できる相手がいるか、詰まったときに戻れる場所があるか。ここが無いと2週間で元に戻ります。
- その先の評価・処遇とつながっている— 学んだことが評価に一切反映されないなら、続ける理由は個人の善意だけになります。育成は評価とセットで初めて回ります。